話にならない話
万年筆
呼び鈴を鳴らすことなく、しっとりと濡れた空気を吸った木の扉を引く。
カラカラと優しい音がして、耳聡い彼なら数秒で現れるが今日は姿を見せない。
定刻通りに訪れることを好む神経質な作家に合わせて顔を出すことにしているが、そろそろ仕事と私生活が曖昧な関係にあった。
大方、またつまらないものに夢中になっているのだろう。
ロイにとって恭介が気を取られることは大抵つまらないものだ。
板鳴りを気にせず廊下を行き、仕事部屋に声をかけながら返事を待たずに入る。
相変わらず美しいばかりの背だが、書き物をしているいつもよりしゃんと、物差しでも入ったかのような姿勢に興味を引かれた。
畳に置かれた原稿を手に、着物の背を覗き込む。
綺羅々と藍。
整然と並んだ堅苦しい漢字の列が密やかに煌めいている。
いつになく弾んだ物言いも、崩した相好も、ありふれた中にも稀な玩具を楽しむ稚気ゆえだが。
ロイの琴線に触れた。
インディゴブルーにグリッターのインクで綴られたスペルに心を浮き立たせている恭介と言葉を交わしながら見下ろす。
いつになく優しく触れて、白皙の顔を寄せて、なんでもないことのようにしめやかに唱えて。
「……今でもまだ、天国に行けると思っているのか?」
応えを許さないロイが囚えるより虚しく、経を写すはずのそこに滲む歪な染みは宇宙のように光を籠めてとどまった。
漫画:マンダラ
まさに「話にならない話」にふさわしい一本です。
もともとは、私マンダラが万年筆を買ったことに端を発したネタ話でした。
ブログでも書いたんですが( http://mandara.redredsea.under.jp/?eid=675 )、ラメの入ったインクを使える万年筆を買ったはいいけど、このペーパーレス時代にそもそも万年筆を使う機会がなく。
そんな折に友人の一人から「万年筆を写経に使ってるのを見たことがある」と聞いて爆笑していたのですが、そんなん恭介がやってたら萌え転がるなと、ヤスくんと話題にして異様に盛り上がってしまいました。
ラメインクでご機嫌で写経してる恭介、可愛いなって。
そんな萌えが嵩じた結果、漫画をつい描いてしまいました。
これは実は昔から身内でネタにしていた「翻訳作家 鑑恭介」という設定を採用したものです。
恭介が30代半ばくらいの年齢で、和そのものの暮らしをしながら翻訳作家をしていて、ロイちんがその担当編集で20代後半というやりたい放題の設定です。
ちなみにこの設定における我々の萌えポイントは、恭介の「もう若くないんだ、勘弁してくれ」というセリフです。
それはともかく、漫画をヤスくんに送り付けニヤニヤしていたのですが、すぐさまヤスくんから小説版が送られてきて無事死亡致しました。
ありがとうありがとう。
しかも「サイトに掲載したい」と我儘言うたらわざわざ編集してくれました。
本当にありがとうございます。
そんな訳で、久々の「許せない奴がいる」プレゼンツのロイ恭作品です。
いや~ロイ恭っていいですね!
久々にプラトニック淫靡エロを生産したので筋肉痛になりました。ここんとこプラトニック淫靡エロ筋をあんまり使ってなかったもので。