SS
音楽餓鬼
シバくん、今日すごく変だ。
どうしたんだろう。
全然身体が動いてない。
守備範囲がいつもの半分以下になってる感じ。バッティングも全然当たってない。
試合でもなんでもないただの練習とはいえ、ちょっとあんまりじゃないのって感じ。こんなシバくん初めて見た。
先輩たちも、ちょっと変だなって思ってる感じ。
体調でも悪いのかな。そうなら早く言えばいいのに。
明日はまたよその学校と試合なんだから、体調は万全にしとかないとまずいよなあ。まったくシバくんも意思表示が壊滅的に下手っていうかなんていうか、とにかく世話が焼けるなあ。
あ、今シバくん小休憩してる。
とりあえず、今日は早いとこあがれって言ってみよう。どうせ自分じゃ言いだせないんだろうし、またぼくがシバくんの代わりに監督やらキャプテンやらに申告してあげなきゃいけないんだろうなあ。
「どうしたのシバくん、なんか今日変じゃない?」
近くで見るシバくんは、なんだかやっぱり顔色が冴えない。
不健康そうではないけど、いまひとつ元気なさげ。
「疲れてるの?今日は早めに帰った方がいいんじゃない?」
相変わらず寡黙なシバくんは、ちょっと困ったような表情で首を横に振る。
体調が悪いわけじゃない、ただちょっと……そんな風に言ってるような感じ。
シバくんって実はサトラレなんじゃないだろうか、喋らないし目も隠してるのに言わんとしてることがなんとなく判るんだよな。
そんなバカなことを考えていたら、シバくんの声が聞こえた。
グラウンドに響いてる監督の怒鳴り声やノック音、みんなが走り回る足音に掻き消されそうな小さな声。
「忘れちゃった……MD」
は?
「家に、おいてきちゃった……んだよ、今日……」
…………。
「……もしかして、音楽聞いてないから調子悪いの?」
困ったもんだ、というように眉根を寄せてこっくりうなずくシバくん。
シバくんシバくん、困ったもんなのは君だよ!!
「朝から、なにも聞いてないと……さすがに、エネルギー切れ、しちゃうよ」
みんなはスタミナあるんだね、あんまり音楽聞いてないのにあんなに元気に動けるなんてさ。
そう言いたげにグラウンドで動き回ってるみんなをじっと見つめるシバくん、君はホントに面白いなあ、でもぼくはなんだか疲れてきたよシバくん。
まったくホントに世話が焼けるよ。
「判ったよ、ちょっとここで待ってて」
そう言いつけて、とりあえずロッカーに走る。
確か今日は持ってきてたはず、ぼくのMDウォークマン。
しかもシバくんに貸してもらったMDが入ってたはず、なんてラッキーなんだろう!!
しばらくカバンの中をさらっていたら、やっと銀色の四角い機械が見つかった。中を改めると、やっぱりシバくんのMDが入ってる。
ロッカールームの扉を開けるのももどかしく、グラウンドに向かって走る。
これでシバくんも元気になる、音楽を聞き始めればまたいつものように跳ね回るね。
それにしてもなんて難儀な生き物なんだろうシバくんは。生きていくのに、食べ物の他に音楽まで必要だなんて。きっとシバくんから全ての音楽を取り上げて雑音だけの世界に閉じこめたら、どんなにきちんとご飯を食べさせても動けなくなっちゃうんだろうなあ。いや、もしかしたら、ご飯はなくても音楽さえあれば生きていけるのかも。
ミュージックアニマル司馬葵。
我ながら、あまりのバカバカしさに走りながらも声をあげて笑ってしまった時、不思議そうにこっちを見てるシバくんと目があった。
「シバくん、これ貸してあげるよーっ」
叫びながら駆け寄ると、シバくんは実に嬉しそうに晴れやかに笑った。
早く音楽をチャージして元気になってよ。
そしてもう、君のエネルギー源を忘れちゃダメだよ。
ミュージックアニマル司馬葵。