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無限の傘の下で
『世界の全てを詰め込む瓶を作るには、どうしたら良いでしょう?』
オズの魔法使いを読んだ時、シバくんは「ああそうか」と思ったらしい。
世界を自分にとって心地良いものにするには、自分にフィルタをかけてしまえば良い、というのがシバくんが小学校3年生の時に得た答え。
「なんでいつもサングラスしてるの」
と僕が何気なく聞いた時、
「別に嫌なことがあったとかいう訳じゃないんだけど」
と小さい声で前置きして、そんな話をしてくれた。
シバくんがあんなにたくさんしゃべるのを聞くのは初めてだったから、話を聞きながらちょっとどきどきした。シバくんにとって特別な友達になった気がして、なんだかすごく嬉しかった。
「でもさあ、親とか先生に怒られなかった?」
もし自分の子供がサングラスして学校行ったりしてたら相当悩んじゃうよなあ。
そう思って聞いてみたけど、シバくんは笑いながら首を振っただけだった。
怒られなかったってことなのか、怒られたけど気にならなかったってことなのか。
今の担任の先生には何度も怒られてるはずだけど全然気にしてないとこを見ると、後者なのかもしれない。
「青、好きなんだ」
そう言ったシバくんは、ごく普通に笑っていた。
目元が見えないせいで、表情は口元でしか判らないけど、でも自然に笑ってた。
シバくんにとってのサングラスは、他人との間に作った壁でもなんでもなく。
青い髪も青い視界も、他人への威嚇でもなんでもなく。
部屋の壁紙とかカーペットを選んだりするのと同じように、ただ好きな色に囲まれてみたかった、それだけのことなんだ。
シバくんの口元を見ながらぼんやり思った。
きっとシバくんの部屋は、シバくんが好きないろんな物であふれてるんだろうなあ。
「ねえシバくん、今度シバくんち遊びに行っていい?」
シバくんは、ちょっとびっくりした顔をして、それから―――恥ずかしそうに笑って、いいよ、と言ってくれた。
相変わらず、小さい声で。
『真空の瓶に「世界のすべて」と書いたラベルを貼ればいいのです。
瓶の内側から、ラベルの文字が見えるように』