牛尾キャプテン日記
合宿2日目
~ 合宿2日目 ~
合宿2日目が終了した。
今日も疲れた。相変わらずあの監督のメニューは無茶苦茶だ。
本日の練習メニューは以下の通りだった。
◆3球同時ノック
◆100mバイアスロン
何かのTV番組で芸人や元スポーツ選手などがやっていそうなメニューである。
確かに、単純なトレーニングに比べれば、いろいろな方向に能力を伸ばせる特訓だとは思う。普通のノックに比べれば、3球同時ノックは動体視力の増強にも役立つだろう。バイアスロンも、走りながら投げるという基本動作の訓練や、同時に送球コントロールの強化を図ることができるかもしれない。
しかし、特訓というのはあくまでも、毎日欠かさず行なうからこそ結果につながるものだ。今日行なった特訓は、各人が自分の弱点を知る上で役立つものだったかもしれないが、今日一日あのメニューをこなしたからと言って能力が特別向上したとは思えない。むしろ、監督の狙いは、部員一人ひとりの弱点を探ることではないかと思える。ペナルティを科したのもその為ではないだろうか。また今日も、20人が野宿をしている。昨夜の野宿組は今日は元気にトレーニングしていたが、2日連続で野宿の者は流石に辛いだろうと思う。これでまた明日の特訓にもペナルティが科されるのだとしたら、少し不公平ではないだろうか。監督にその旨提言する必要があるかもしれない。あの監督に物申すのは気が進まないが。
本日の3球同時ノックは、やはり蛇神くんの独壇場だった。ちょっと前に彼の特訓につきあわされてとばっちりを食らった身としては、すごいプレイを見せられても素直に感心できない。心が狭いだろうか。そんなことを考えながら見ていたら、横で虎鉄くんが一年の子たちに蛇神くんについて解説を始めた。虎鉄くんも蛇神くんについてはいまいち理解してないらしく、「自在に時を刻む」などとあやしげなキャッチコピーまでつけ始めたので、慌てて解説に入ってしまった。しかし説明すればするほど訳が判らなくなってしまい、結局虎鉄くんの解説と大差ない説明ばかりしてしまった気がする。確かに、蛇神くんのことを説明してみると、どう頑張ってもあやしい表現にしかならない。この前、職員室で説教される羽目になった時のイヤミをこめて「彼のように修業をつめば3秒後の世界がわかるのかな…」などと言ってしまったが、よく考えたら本人がいないところであんなイヤミを言っても仕方がない。しかし気付いた時は既に遅く、一年の子たちは真剣に悩んでしまっていた。きっと今ごろ、一年の間では「3秒後が見える蛇神先輩」として広まっているに違いない。…しかしよく考えれば、3秒後云々は蛇神くん本人が言っていたことだった。別に嘘は語っていないので、よしとしたい。そんなところにちょうど本人がやってきたので、本人の口から語ってもらおうと「ゆっくりに見えたのかい?」と聞いてみたが、ムッとした顔で「停止 也」と返事された。蛇神くんは予想を上回る返答をしてくることがよくあるので、彼との会話は非常に疲れることが多い。
3球ノックと言えば、一年の司馬くんもなかなか良い動きをしていた。蛇神くん以外に3球を同時にキャッチできる者がいるとは思ってもみなかったので、正直驚いた。将来が楽しみな選手だと思う。
しかし3球ノックでのペナルティとして、捕球できなかった者は自動的に晩ご飯のおかずがもらえなくなるよう仕組まれていたのには驚いた。ボールにおかずの名前が書かれた紙が貼ってあり、それと引き換えにおかずがもらえるというルールである。あの監督は、どうしてこう子供っぽい思いつきを実行してしまうのだろう。せっかく捕球したのに「ごはんですか」ばかりだった恨みではないが、野宿に加えてああいうペナルティはどうかと思う。部員の健康状態を悪化させてどうしようと言うのだろう。ちなみに「ごはんですか」は虎鉄くんが手持ちのおかずといくつか交換してくれた為、夕食は普通に摂ることができた。
バイアスロンの方は、僕にとってはなんということのないメニューだったが、皆苦しんでいたようだ。走りながら送球する、それだけのことなのだが難しいらしい。基礎的な練習を真面目にこなしていれば誰でもできると思うのだが。皆は日ごろ、真面目に練習していないということだろうか。あまりにもつまらないメニューなので、ラストの的だけ目をつぶって投げてみたが、それでも当たったのには自分でも驚いた。ゴール後、気付いてみたら周囲が沸き返っていて更に驚いた。別にパフォーマンスでやったことではないし、大体注目されてたとは思ってなかったのだが、なにやら大喜びされて複雑な心境だった。「キャプテンかっけー」などと言われたのは嬉しくもあるが、そんなことより、かっこいいと思うんなら自分もできるように日々たゆまぬ練習を積んで欲しいと思う。自分は努力せずに達成者を偶像視して満足する傾向は憂慮すべきだ。十二支校が低迷していた原因はそこに他ならないと思う。
最後に、本日の3球ノックの為に土色にしていたボールを元に戻す為に磨いたが、なかなか綺麗にならない上、軟球には例のおかず権用の貼り紙までしていた為、非常に時間がかかってしまった。紙をはがす時にうまくいかず、誤ってぐちゃぐちゃにしてしまう者が後を絶たなかった為、紙をはがす前にマネージャーが各人のおかずを確認して回る羽目になっていた。おかず権ルールのせいで時間と労力を多大に無駄にしたと思ったが、僕がそんなことを言う訳にはいかないので黙って耐えた。主将として、部内の不満を煽るようなことは極力避けねばならないが、時々それが辛く感じられる。
この分では、甲子園に行くまでに胃に穴が開くかもしれない。身体の健康はもちろんだが、心の健康にも気をつけようと思う。
白球に自分の心を投げかける
受け止めた白球には誰かの心が投げかけられている
放たれた白球は
呼べば手のひらへと向かってくる
呼ぶからこそ手のひらへと向かってくる
手の中の白球に自分の心を投げかけ
誰かに向けて放つ
だからこそ 受け取りそこねたときは
悲しくなる