戴きもの
全てが始まる前からずっと。
終わりの呪文を知っている。
もうずっと。全てが始まる前からずっと。
彼に告げるべき言葉を知っている。
「どけ…」
ひどく乾いた喉はそんな言葉を吐くことすら苦痛を伴う。
聞こえているだろうに微動だにしない彼にもう一度告げるのも億劫で今度は身体と身体の間に挟まれた肘で軽く彼の胸を押す。それでも彼はやはり動こうとしない。
ひとつ溜息をつき、あげた肘をだらりとシーツに埋める。
行為を終えた後すぐに身を離すかと思っていた彼はけれど予想に反していつも肌を重ねたまま動かない。それは余韻を愉しむとか一種の礼儀だとかそういった風情ではなく。
抱き締めるでもなくただじっと鼓動を合わせている。
目を瞑り、互いの鼓動に耳を傾けているその様はまるで何かを待っているようだと、そう思う。
何も生み出すことのないこの身体に彼は一体何を残そうというのか。
そして、僕は何故
ただ一言。
自分を抱く男の首に腕を回して、ただ一言囁けばいい。
好きだ、と。
それで終わり。
ただそれだけで彼は知る。
自分たちにこれ以上などないことを。
終わらせる、ただそれだけのために始められた関係。
分かち合う熱も肌も快楽も。
全てはただ一言のために。
彼から離れるための、とてもとても簡単な一言。
とても簡単な一言なのに。
何故だろう。
その一言を僕はまだ言えずにいた。