話にならない話
Well-known fact.
この季節になると、夕方も夜もあまり違いはない。
まだそんなに遅い時刻ではないが、空を見ても夜中と大して変わりない。
白い息をこぼしつつ、ひなたは何度も駅の時計を見上げる。
また伐は遅刻。伐を待つのにはもう慣れた。
とはいえ、今日の行き先には遅れる訳にはいかないというのにと、ひなたは時計の秒針の進みと共に焦り始める。
いい加減携帯電話くらい持ってよね、と本日何度目かの呟きを胸の内でこぼす。
いつもこういう文句を受け止めてくれる役柄の人物は、今日はいない。
不満を身体から排出するかのような溜息をついた時、やっと人混の中から伐が姿を表した。
「悪い悪い、走ったんだけどよお」
いつもの通り、バツの悪そうな顔をして。
金色の天使や雪をかぶったツリーの飾り、聖しこの夜が溢れる街中を抜け、閑静な住宅街へ向かう。
行き先は教会。
もうすぐミサが始まってしまう。
「学校の授業と違うんだからね!!ボーマンがせっかく誘ってくれたのに、遅刻なんかしたら悪いじゃないよ!!」
さかさかと競歩のごとく歩くひなたに、伐が息を切らしながら声をかける。
「だーから急いでんだろ!!あと10分あるし、歩いても遅刻にゃなんねえって」
腕時計を見ると、確かにミサまであと10分程。曲がり角をもうひとつ曲がれば教会、というところまで来ている。
なんとか間に合うか、と思うとつい歩く速度を緩めてしまう。
こんな時、「何言ってるんだ、始まる5分前には着席してないとダメだろう」と言うであろう人物がひなたの脳裏をよぎる。
「今日ってさ、恭介来ないんだよねー」
「んー」
「どしたんだろ」
「……そりゃ、用があるんだろ」
「えー」
「なんだよ『えー』って」
「だってこんな日にさー。何の用よ」
「さあ、俺も知らねぇけどさ」
「こんな日に用とか言われるとさ。お、デートかあ?とか思うじゃない」
「そっかあ?アイツがクリスマスだなんだって気にするタイプかよ。どっちかってーと『僕は神道だ』とか言いそうじゃねえか」
伐がやってみせた口真似に思わず吹き出してしまい、ひとしきりひなたは笑いころげた。
「…そう言われればそうかも」
「だろ」
「でもさ、ここしばらくすっごいつきあい悪かったじゃん、恭介。彼女でもできたのかなーとか密かに勘ぐってたんだよね」
「さあな……その辺は判んねえけど」
男女関係の話題が苦手な伐は、この手の話題にはどうしても口数が少なくなる。それを知りつつも、ひなたはここぞとばかりに話を続けた。
「だってさ、おかしいと思わない?今までは無駄なくらい頑張ってた風紀委員の方も、割と早く切り上げて帰ってるみたいだしさ。そのくせ遊びに誘ってもなんだかんだ言いながら帰ってっちゃうし」
「そりゃお前の行き先がいっつも甘物屋だからだろ……」
「そんなー。だって今までは一緒に行ってたもんー」
ふくれっ面をうつむかせ、もう一度時計を見ると、5分前。教会はもう目の前である。
「でもホント、なにやってんのかねえ」
「なにやってるって……今ごろロイん家ついた頃じゃねえの」
え?
ひなたの足が止まる。
「ちょっ……ロ、ロイん家って……アメリカ!?恭介アメリカにいんの!?」
「何びびってんだよ……って、知らなかったのかよお前」
「知らないよお!!何よそれ!!」
憤然としつつ、ひなたが伐の腕をゆする。
ゆすられる伐は、ようやく合点がいったという顔で、むしろ落ち着いている。
「道理でさっきから話が変だなと思った……そっか、お前聞いてねえのか」
「ひっどいなー、恭介!!あたしが『冬休み、どっか行くの?』って聞いた時には『いや……』とか言ってた癖にー!!伐も酷いよ!!あたしにだけ内緒にしてたんだ!?」
「違えよ、俺も恭介からは聞いてねえんだよ。一昨日、ロイから手紙が届いてよ。そん中に恭介が遊びに来るって書いてあったんだよ」
恭介と伐で隠し事をしていた訳ではないと判り、ひなたの怒りはあっさりと鎮火した。
しかし、その後に残るのは小さな疑問。
「……でもなんで、内緒にしてったんだろね、恭介……」
「んー……土産買ってこいとか言われそうだったから……か?」
「あとでどうせばれるに決まってんのにね、こーやってさ」
「さあ……アイツのやるこた結構どっか抜けてんからなあ」
教会の玄関で立ち話に興じる二人の耳に、荘厳な賛美歌が届いた。
「あ……!!始まっちゃった……」
「うわ、何の為に走ったんだ俺達!!もーいーからとにかく入ろうぜ」
ばたばたと、二人が慌ただしく教会の玄関をくぐった後。
星が落ちるように、雪が降りはじめた。
ロイ恭でクリスマスを書いてみよう、しかもベタベタなやつ!! ……と思って頑張ったのですがなんかやっぱ違う気がします。
何がいけないんだ?……ロイも恭介も登場してないところだろうな、やっぱり。