話にならない話
reason
「うちで飼えないから頼んだんじゃないか」
「俺も飼えなくなったんだから仕方ないだろう」
「……困るよ」
「俺も困っている」
先ほどから同じ問答の繰り返しに、恭介は疲れ果てた溜息とともに視線を落とした。
視線の先には、白い猫。
床の上で無心に眠る姿を見ると、こんな問答をしていることに心が痛む。
「考えうる限りの貰い手には当たってみた。貰い手の方は、皆OKだった。…問題は」
向かいに座るロイが、丸くなって眠る猫を顎で指す。
「こいつの方だ」
「…………」
「貰い手のところに連れていくと、食事しなくなる。外へ出せと鳴き続ける。どうしようもない」
「…………」
「つまり、お前以外面倒を見れない」
「…………」
「恭介?」
「……判ったよ」
恭介の口から、再び疲れた溜息がもれた。
事の発端は、恭介が小猫を拾ったことだった。
ある雨の日、ずぶぬれの恭介をロイが街で偶然見かけ、家に連れ帰ったら同じくずぶぬれになっている小猫が一緒についてきた。ひきとってもらえないかとロイに言う。ふとした同情で拾ってしまったはいいが、ペット禁止の自宅で飼う訳にはいかないから、と。身近な友人で猫を飼えそうな人物と言えば、恭介にはロイしか思いつかなかったようだ。
ロイは、恭介が面倒を見るのならという条件で子猫をひきとることを承諾した。
それ以来、恭介はロイの家に通っては猫の世話をしている。
ワーズワースと名付けられた猫は恭介にもロイにもよくなつき、恭介は自宅からはかなり距離のあるロイの家に通うのもさほど苦にはならなかった。―――正直、恭介にとってロイはどちらかというと苦手なタイプの人間で、二人きりで時間を過ごすのは辛い一面もあったが、それでも良いと思えるほどだった。
苦手。何を考えているのか良く判らないロイは苦手だった。
考えていることが判るようになると、ますます苦手になった。
それでもやっと、慣れてきたというのに。
俯いたまま、恭介が言葉を絞る。
「……それで、帰る日は決まったのか?」
向こうに帰ることになった。
いつものように家を訪れた恭介に、ロイがそう告げた。少し困ったような表情で。
苦手な人間とはいえ、別離の予告は辛い。ましてロイは、恭介にとって苦手なだけの相手ではないのだ。苦手なだけであれば、どんなに楽か。
考えてみれば、日本での仕事を終えたロイが帰国するのは当然のことだった。ましてや日本嫌いのロイだ、いつ帰ると言い出しても不思議はなかった。
しかし実際には、ロイは自分から帰ろうとはしなかった。日本という国や日本人への不満を漏らしながらも、日本で暮らし続けた。だから恭介も、つい猫を預けてしまった。
そしてその猫とロイの帰国話は、恭介の生活をも大きく変えることになるらしい。
「来月の始め頃だな。来週には、こっちに荷物を移し始めた方がいい」
「……そうだな」
「それとも、一度にまとめて移動する?」
「いや、多分そっちの方が大変だと思うから……」
「そうか?まあ、恭介が楽な方にすればいい」
ロイは、恭介にこの家に越してくるよう提案したのだ。
原因は、猫。
ロイの帰国話が決まってから、猫の貰い手を探したものの、飼い主が変わることを猫が拒んだのだ。
そして恭介の住むマンションは、猫が飼えない。
つまり、恭介がロイの家に引っ越してくれば問題は解決すると、ロイは言う。自分が帰国した後は誰も住む予定のない家だから気兼ねなく暮らせばいい、そうすれば家賃も浮くだろうなどと呑気に言う。
もちろん恭介にとっては不躾な話で、当然断りはしたのだが、結局承諾せざるを得なくなった。貰い手の家で眠りさえせず、鳴き疲れて声の嗄れたワーズワースの姿を目の当たりにしてしまっては、折れるより他ない。
ワーズワースの為だ、仕方ない。
白い毛皮を撫でながら、恭介は自分に言い聞かせる。
『ワーズワースの為に、ここに引っ越して来なければいけないんだ。』
そして、ロイも。
「たまには日本にも来れるんだろう?」
「ああ、できるだけ来るよ」
そう言って、ロイは快活に笑う。
恭介の心中を見透かすように。
「飼い主は、俺だから」
ロイはワーズワースに感謝している。
恭介もワーズワースに感謝している。
白い小猫の鎹が、いつまでも平安でありますように。
ヤスヒサ氏の作品「LUCK」「飼育」「猫」などで使われている『恭介が拾った猫をロイが飼っている』という設定を使わせていただきました。
ヤスヒサくん、設定の使用許可アリガトウ。
この設定、すごく好きなんですよー。
この設定で書かれたヤスヒサ氏の作品は他にもいくつかあるのですが、その中でも「Prison」という作品がとにかく大好きで、私にとって教科書のような存在となっています。やな教科書だな、よく考えたら。
ちなみに、「Prison」は残念ながらネットでは公開されてません。ヤスヒサ氏の著書の方に掲載されてる作品です。
とりあえず、自分に対して嘘つきな恭介を書いてみました。そしてそういう恭介をよく判っているロイです。
ヤスヒサくんには「可愛いかやらしいかどっちかにしなさい」と怒られました。すいません、可愛い話にしようとしたけど、自動的にエロが入ってしまいました。修業が足りません。足りないのは修業だけではありませんが。