話にならない話
畳
床から窓ごしに見える空には、星が浮かんでいた。
一体どのくらい、こうしているのだろうか。時間の感覚が曖昧になっている。
……もうどうでもいい。あれから何時間経とうが何日経とうが、起きてしまった出来事は変わらない。
何年経っても、記憶から消えることはない。
そろそろ起きないと、とは思うが反面何もしたくない。起き上がるどころか動くのも面倒な、救い様のない倦怠感に全身浸されている。
それでも体を横に起こすと、薄暗い部屋の中で畳の目地がやけに目に付く。整然と並んだ藺草の編目から逃れるような気持ちで視線をさまよわせると、少し離れたところにちいさなボタンが転がっているのが目に入る。無意識にシャツの合わせ目に手をやり、襟の辺りのひとつがそれであったことに気付く。
やりきれなさに、思わず目を閉じる。
右手の甲で瞼を押さえ、ともすれば嗚咽しそうになる自らを制するが、ひりつく手の甲が却って自身を追いつめる。 刻まれた擦り傷が、この手を押さえ続けたあの強い力を思い出させる。
先程の、渾沌とした時間を思い出してしまう。
慌てて目を開け、また薄暗い部屋の中に視線をさまよわせる。先刻の出来事を考えないようにと、とにかく意識を別のものに向ける。しかし逃げ場を求めて目を向ける先は全て、全てあの出来事につながっていく。木目の天井も、窓から見える空も、鴨居も、全てがあの出来事に関連づけられてしまう。
……何よりも、この部屋は一部始終を見ていた。
彼に追いつめられる自分を、彼に押さえ込まれる自分を、そして抵抗らしい抵抗もできなかった自分を。
何故こんなことになってしまったのだろう。何気なく自分の指先を見つめつつ思う。漆喰が爪の間に入り込んでいた。
白い壁に、自ら刻んでしまった痕。彼から逃れようとした痕跡。癒されることのない壁の傷が、いつまでも自らを追い込むだろう。
「嘘をつくな」
彼はそう言った。
話がある、と言って部屋を訪れてきた時から何か切迫した雰囲気を感じてはいたが、つきつけられた言葉に思わず身が竦んだ。
口調は苛立っていたが、表情はよく判らなかった。青い瞳が、感情を読みとり難くしていた。
「見ていると苛々する。お前のその」
殉教者みたいな顔、と言った時だけ、迷うように視線が揺らいだのを感じた。
次の瞬間、顎を攫まれた。
それから何も判らなくなった。
暗い空に浮かんだ雲が、星や月を遮る。
彼の胸の裡が判らない。
何故こんなことになったのか。何を望んでいるのか。
しかしもっと判らないのは自分のことだ。
明日が来るのが怖い。
考えなくてはならないこと、成すべきこと、それらすべてから遠ざかっていたい。
かと言って、過ぎた時間へ戻りたいとも思えない。
未来へ進むことも過去へ戻ることも望めず、時の流れの中で呆然と立ち尽くしている。
彼に塗りつぶされた世界の中で、必死になって目を瞑る。
それでも彼から逃れられない。
すべてを見ないようにしたところで、己の記憶に追い立てられる。
彼から逃れる術はもう無い。
この部屋は今、檻だ。
ヤスヒサ氏によりロイ恭にハメられて約1年(1999年9月時点)。ヤスヒサ氏と最初に盛り上がったロイ恭ネタがこれでした。というか、「恭介は安アパートに住んでて畳の部屋で暮らしてたらステッキーだね。そんでロイに押し掛けられて(以下略)」というようなことを延々と語ってただけですが。
ロイが鴨居に手をかけて立ってたらかっこいーよな、そんで恭介は空き地に面 した窓のすぐ横の隅に追いつめられるのさ。
漆喰の壁に思わず爪立てちゃったりな、などというようなどうでもよさげな細部ばかりを捏造しておりました。
ええ、こんなもんが原点です。
しかしそんな細部ばかりを探求していた為に、今回このネタを形にしようとした時、オチが全くつけられないことに気付いて呆然としました。
……一体何を言いたくて私たちはこんなネタにのめりこんでいたのだろう……。
単にエロを追及していただけだったというのが事実ではあるが……(救いようが無い)。
という訳で、無理矢理話を終わらせる為にマンダラが多少手を加えましたが、基本的にはこれは一応「許せない奴がいる」による最初のロイ恭です。
呆れて下さい。